日時:2022年3月26日(土)10:40~1 7:00
見学場所:《昭和塾堂》(愛知県営繕課:酒井勝、安藤武郎(主任)、黒川巳喜(意匠)、尾鍋邦彦(構造)、1929)、《料亭 松楓閣》(山田浅次郎、1934)、《聴松閣(伊藤次郎左衛門家別邸)》(竹中工務店、1937年)、《伴華楼》(鈴木禎次、1929年)、《白雲橋》(竹中工務店、1918)、《茶室 三賞邸》(不詳、1918)、《東山給水塔》(成瀬薫、1930)、《為三郎記念館(旧古川為三郎邸)》(不詳、1934)
参加者:9名
ナビゲーター:和田菜穂子
黒川紀章の茶室研究をしている私は、そのルーツを辿るべく、父親黒川巳喜について調べることにしました。そして今回特別に城山八幡宮の宮司・吉田様のご厚意により、《昭和塾堂》の内部を見学させていただきました。《昭和塾堂》は愛知県が青年向けの社会教育に資するために建設した鉄筋コンクリート造の建物です。佐野利器の助言のもと、愛知県営繕課の酒井勝、足立武郎(設計主任)、黒川巳喜(意匠図・黒川紀章の父)、尾鍋邦彦(構造図)らが設計しました。西洋建築の様式を取り入れつつ、独自性のある大胆な意匠がふんだんに用いられており、大変驚きました。現存する昭和初期の社会教育施設として、大変貴重な近代建築遺産です。長い間、放置されたままだったので、残念ながら今は廃墟状態になっています。今後の行く末が気になります。
次に同じ覚王山エリアにある《揚輝荘》を訪ねました。現在は北園と南園に分かれていますが、かつては松坂屋の初代社長の伊藤次郎左衛門が切り開いた一大別荘地でした。《聴松閣》や《伴華楼》などの豪邸が点在しています。《聴松閣》は山荘風のハーフティンバー様式で、内部にはインドの壁画などがあります。国際色豊かな華やかな迎賓館であったことが伺えます。今回はあいにくの土砂降りでしたが、晴れた日に庭園散策したら楽しそうです。
その後、《料亭 松楓閣》に移動し、桜が美しく咲き誇る庭の景色を眺めながら、中広間「鶴亀」にてランチを取りました。
ツアー終了後、希望者とともに犬山に移動し、黒川紀章設計の《犬山ローレライ麦種》でクラフトビールを堪能しました。翌日もまた希望者と一緒に黒川巳喜の実家を移築してレストランに改築した《合掌レストラン 大蔵》で美味しいランチをいただきました。その際、オーナーにお会いし、移築の経緯などをお伺いしました。
このように今回は愛知県出身の黒川紀章とその父親・黒川巳喜を辿る旅となりました。これからも個人研究・調査は続けていく所存です。
ナビゲーター;和田菜穂子
【参加者の声】
建物を見て歩くのが大好きです。