毎回ツアーの度に「取り壊される前に一度は中に入ってみたいんですよね」と説明していたボルドー。午後のツアーで中銀カプセルタワーへ行く途中、中に明かりが・・
小窓から中を覗くと人がいるようです。扉をノックしたら老婦人が出てきました。片付けにきていていたオーナーさんです。ご無理をお願いして、中に入れていただきました!
ワインセラーのような強固な石造りの外観には、芽吹き始めた新緑の蔦が絡まり始めています。重い扉が開かれると、薄暗い空間に「歴史の澱」のような沈殿した空気を感じました。ワインの熟成と同じように、人々の夜の社交の記憶が空間それ自体に蓄積されているのでしょう。1927年創業以来、90年という長い歴史をもつ建物です。戦前戦後の昭和から平成にかけての時代、銀座を行き交う人たちの栄枯衰退をじっと眺めてきた、いわば「生き証人」といえるでしょう。
椅子、照明器具、壁紙、窓の金具、壁にかけられた絵画、、、ひとつひとつにオーナーさんのこだわりを感じます。バーカウンターの奥に目を凝らすと、昭和初期の立派な氷冷蔵庫が組み込まれています。驚くべきことに、つい最近まで現役で使われていたそうです。
「上質なものを、丁寧に使い続ける」
これは北欧の生活文化と通じるものがありますが、かつては当たり前だった日本文化そのものであり、失われてしまった大切な営みです。
こんなに素晴らしい建築空間に出会える幸運は数年に1度のことです。そして、沈黙が語る「歴史の澱」を皮膚感覚で体感できたのも久しぶりでした。しかし残念なことにこの建物はもはや風前の灯で、取り壊しが決まっているそうです。
個人的には雇われママとしてバーで働きたかったなぁ、と。大学教員を辞めてフリーランスになった今だからこそできる憧れの職業なのに、残念でなりません。
【銀座ボルドー】
1927年開業した銀座老舗のバーで、白洲次郎、山本五十六、山口瞳など、文化人や各界の大物たちの社交場となっていた伝説のバー。昨年末に惜しまれつつ閉店となりました。