TOUR

銀座レトロビルヂングツアー vol.3

2018.6.30
https://accesspoint.jp/reports/%e9%8a%80%e5%ba%a7%e3%83%ac%e3%83%88%e3%83%ad%e3%83%93%e3%83%ab%e3%83%82%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%83%84%e3%82%a2%e3%83%bc-vol-3/

日時:2018年6月30日(土)10:00~13:00

見学場所:《堀商店》(1932)、《第一菅原ビル》(1934)、《交詢ビル》(1929)、《丸嘉ビル》(1929)、《電通銀座ビル》(1933)、《泰明小学校》(1929)、《銀座メゾンエルメス》(2001)、《和光》(1932)、《教文館・聖書館》(1933)、《ヨネイビル》(1930)、《奥野ビル》(1932、1934)、

参加者:10名

ナビゲーター:和田菜穂子

 

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【参加者からのコメント】

先日の銀座レトロビルヂングツアーに参加して大変満足しています。
日頃銀座界隈を歩くことはあるのですが、じっくりと立ち止まって詳細まで見る機会はなかったので、すごく勉強になりました。また、建物ごとに丁寧な解説をしていただいたので、見ただけではわからない建物の歴史と変化も知ることが出来ました。今後も時間が取れれば、別のツアーにも参加したいと思います。ありがとうございました。

50代 男性

 

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真夏を思わせる太陽の下、一行は新橋駅をスタートして10以上の建物を見て回りました。

いずれも歴史を感じさせるものばかりで、時代の余裕を感じさせるファサードなど、随所に当時のオーナーや建築家の意気込みを感じました。

 

最初に訪ねたのは《堀商店》(小林正紹、公保敏雄/1932)。1890年創業の鍵などの建物金具を製造販売する会社です。関東大震災で罹災した木造社屋を建て替えたもので、鉄筋コンクリート造り塔屋付きです。角地に面した曲線を描くファサードは非常に優美。入口階段にある金物であしらわれた「H」は堀商店のイニシャルです。

次に向かったのは、銀座の《第一菅原ビル》(吉田亨二/1934)。元はオフィスビルですが、窓部分を生かして改装され、コーヒーショップとして営業中です。古いビルもテイストを生かすことで、活用の道が開けるという一つの見本です。

 

続いては《交詢ビル》(横河工務店/1929)ですが、こちらはエントランスのファサードのみ保存で2004年に建て替えられています。福沢諭吉の提唱で結成された日本初の実業家社交クラブで、ここではこれに因む建築クイズが参加者に出されました。頭をひねる難問にグループ対抗で楽しく盛り上がりました。《丸嘉ビル》(森山松之助/1929)はテナントに合わせてピンクと白に塗装され、まるで現代のビルと見間違えるばかり。わずかに軒の瓦が当時をしのばせます。この時、ちょうど銀座上空の太陽に丸い虹がかかって、ドラマチックな写真となりました。

 

《電通銀座ビル》(横河工務店/1933)は竣工当時、8階建てで高さ百尺(31m)を誇る銀座一の高層ビルだったそうで、当時としては斬新なガラスブロックやモザイクタイルなど、先進的な技術が光るビルです。次の《泰明小学校》は創立140周年。いわゆる復興小学校として東京市が建設したもので公園が隣接され、そこには太陽の塔に似た「若い時計台」(岡本太郎)があり撮影スポットになっています。

 

暑さにあえぐ一行は、涼を求めて《銀座メゾンエルメス》(レンゾ・ピアノ/2004)へ向かいました。ソニービルがなくなったおかげで、美しいガラスブロックの壁面が良く見えます。高級ブティックにはとんと縁がない身としては、「ミルチャ・カントル展」と共に内部も眺められてハッピーでした。次に向かったのは銀座の顔《和光》(渡辺仁/1932)。ナビゲーターの和田さんのアドバイスで、ファサードの紋章をよく眺めてみれば、一つ一つにいろいろな意味が込められていることに気づきます。当時のオーナーと建築家の会話が蘇ってくるかのようでした。

 

《教文館・聖書館》(アントニン・レーモンド/1933)を見学した後は、銀座通りで記念撮影。《ヨネイビル》(森山松之助/1930)を見学してから《奥野ビル》(川元良一1932,34)へ。銀座に残されたシンボルのようなレトロビルで、ナビゲーター和田さんのお気に入りの建物です。元は高級アパートメントで、現在はギャラリービルとして運用されています。保存状態が良く、エントランスの布目タイルのテイストや古びた階段、エレベーターなど、細部に至るまで歴史の重みを感じさせてくれます。

 

銀座という土地柄に合わせたシンボリックなビルヂングは、歴史の流れを感じさせてくれるものばかり。保存と活用という問題をうまく解決し、後世に多くを残せていけたらよいなと感じたツアーでした。

 

 

レポート:大山光彦(ボランティア・スタッフ)